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インラインスケート(ローラーブレード) トリックスラローム インストラクターuhouho(ROLLERBLADE契約選手)のブログ


仙台市の自宅跡地にスケート場を!

   


仙台市若林区荒浜に活気を取り戻そうと、自宅跡地にスケートボードの練習場を造った方がいらっしゃいます。

町に活気取り戻したい/荒浜のスケボー練習場代表・貴田慎二さん 河北新報ニュース (76)2013年11月16日土曜日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1096/20131116_01.htm

 災害危険区域に指定され、人けがうせた仙台市若林区荒浜に活気を取り戻そうと、自営業貴田慎二さん(33)=若林区卸町=が、荒浜の自宅跡地にスケートボードの練習場を造った。土日ともなればスケボー愛好家らでにぎわう練習場は3日、開業1周年を迎えた。

◎自宅跡地に整備、開業1周年

人の背丈ほども伸びた草が一面を覆う。津波が襲来するまで、荒浜は市内で唯一の海水浴場・深沼海水浴場がある浜辺の住宅地だった。バス通りには昔ながらの豆腐屋や米穀店などが並び、夏は海水浴客らでにぎわった。

<知人多数失う>
「あの日以来、荒浜は悲壮感漂う鎮魂の場になった。でも、ここで生まれ育った自分とすれば、生活感あふれるかつての姿に戻ってほしい。そのために『何かやらなければいけない』と思った」と熱く語る。
頭に浮かんだのは、中学生のときに始めたスケートボードの練習場を造ることだった。20代半ばまで熱中していたが体調を崩し、やめていた。
「津波で多くの友人や知人が亡くなった。大災害でいつ自分が死んでもおかしくはない」と考えたとき、真っ先に「スケボーをやりたい。好きなことをして、荒浜に人を呼び寄せたい」と思い立った。
仮設住宅での暮らしが落ち着いた2011年秋、バス通りに近い自宅跡地で草取りや整地作業を始めた。1人きりでの孤独な作業だった。
大きながれきは行政が撤去したが、どこからか流れ着いた庭石などは残されていた。知人から借りた小型重機で運び出す。180坪ほどの敷地を使えるようにするまで半年かかった。
資金がないため、知人が経営するスケボーショップから半円筒形の「ランプ」という設備を譲ってもらって設置。それだけではさみしいので、台所の基礎を外枠にして、内側をスコップですり鉢状に掘り、コンクリートを流し込んで「ボウル」と呼ばれる練習設備もこしらえた。

<雨降れば休み>
練習場としての形が整った昨年11月、「CARPE DIEM PARK(カルペ・ディエム・パーク)」(CDP)と名付けて開業した。「CARPE DIEM」はラテン語で「今を楽しめ」という意味がある。
毎日午後1時すぎ、貴田さんが練習場に到着して営業が始まる。電気は通じていないので日没とともに営業は終わり。屋根はないため雨天時は休業だ。利用料は1日500円。休日ともなれば練習場にはスケボー愛好家らが訪れ、心地よい汗を流す。
「小屋を造るのが当面の目標。突然の雨のとき、雨宿りもできないのでは大変だから」と笑う。

<希望込め植樹>
震災発生時、貴田さんはJR仙台駅東口でアルバイトをしていた。状況を知るため、携帯電話のテレビをつけると、津波警報が発令されていた。夜、身を寄せた市内の友人宅で、荒浜が大きな被害を受けたことを知った。
市中心部で仕事をしていた両親と避難所で落ち合い、荒浜を訪れたのは4日後。どこに家があるのか分からない。がれきのすき間から見覚えのある玄関タイルを見つけ「ここだ!」と大声を上げた。
開業1周年に当たる3日、復興支援のNPO法人にもらった桜の苗木3本を練習場に植樹した。「花が咲く2、3年後には、荒浜に人が戻っていてほしいですね」。希望を込めてこう話した。

ネットで検索してみたところ、下記が見つかりました。

カーペディエム プリントファクトリー
http://carpediem-022.com/

お電話してみたところ、「インラインスケートでも利用可能ではあるが、まだ小さいパークなので物足りないかもしれない」とのコメントを頂きました。

早速、スケート場地図へ載せました。
http://bit.ly/18EUVin
航空写真が、復旧前のままなので当時を思い出させます。

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uhouho
ROLLERBLADE契約選手uhouhoです。 スラロームを中心にインラインスケートの普及活動をしています。

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